思い出

癌の闘病で頭髪を失った母親に、幼い娘からのプレゼント。

これは私の友人が体験した話です。
彼女は小学3年生の長女と幼稚園年長組の次女がいる主婦でした。
朗らかで心優しく、他人の悪口を絶対言わない友人は誰からも好かれる性格で家族仲も良好。
ゴールデンウィークや夏休みなど、長い休みには国内外の観光地に一家ででかけては、必ず素敵なおみやげを買ってきてくれました。

そんな彼女をある日突然の悲劇が襲います。
身体の不調を訴えて医者の診断を受けた友人にもたらされたのは癌の宣告でした。
二人の幼い娘を抱えた友人は大変ショックを受け、夫の胸で泣き崩れます。
両親とも癌で早くに亡くしているのも、友人を動揺させた原因なのは想像に難くありません。
それでも友人は治療を諦めませんでした。
家族一丸となって癌の克服を決意したのです。

幸い早期に発見されたのでまだ全身に転移しておらず希望はあります。
友人は「ママ、必ず元気になって帰って来るから。お姉ちゃん、妹の事をお願いね」と長女と約束し、夫に子供たちの事をよく頼んだのち荷物をまとめて入院しました。
抗がん剤を使用した治療は非常に辛く厳しいものでした。
副作用で常に嘔吐感や気だるさ、熱に悩まされ、見舞いに来た夫に当たってしまうこともありましたが、それでも子供たちの前でだけはできるだけ笑顔で明るく振る舞いました。

まだ小学生の長女は母が不在中の家事を担い、妹の面倒もよく見ていたそうです。
点滴を打たれる母を見舞いにきた病室で、妹にひらがなを教える光景を見た看護婦が、「偉いお姉ちゃんですね」と褒めてくれたと友人は語っていました。
体調不良も勿論辛いですが、友人が何より傷付いたのは、若い時からの自慢だった美しい髪の毛が副作用でほぼ全部抜けてしまった事です。

娘たちの髪を毎朝鏡の前で編んであげるのを日課にし、「髪は女の命なのよ、髪を大切にしてからママはパパと知り合えたの」と子供たちに言い聞かせていた友人にとって、それが全て抜けてしまうのは耐えられませんでした。
1年と少しの闘病のはて、友人と家族の頑張りが報われ、癌の治療は成功しました。
退院の日、病室にやってきた娘たちが「ママにあげたいものがあるの」とプレゼントを渡します。

「目を瞑って」と言われて友人がその通りにすると、温かい毛糸の感触が頭を包みます。
長女が頭に被せてくれたのは手編みの帽子でした。父方の祖母に教わりながら、妹と一緒に編んだのだそうです。
「かわりばんこで作ったんだよ」
「お母さん、また髪が生えてくるまで色んなお帽子でおしゃれできるね」
口々に得意がる娘たちを目にすると何だか泣けてきて、友人は鼻声で聞きます。
「丸坊主のママ、変じゃない?」
「どんなママでも大好きだよ」
「それにさわるとすべすべして気持ちいいもん」

友人は娘たちを抱き締めて号泣し、それを見守る夫の目にも涙が光りました。
現在、彼女は愛する家族とともに幸せに暮らしています。
娘たちは抗がん剤の副作用で髪が抜けてしまった人へ、医療用のカツラを提供する為に、そろって髪を長く伸ばし始めたそうです。
闘病生活は長く過酷なものでしたが、それで得たものもあったと友人は教えられました。

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