思い出

彼に連れられて行った先でのこと

これは私が結婚する前の話です。
30歳になったばかりの夏でのこと。当時私は東京でOLをしていました。
群馬県出身の彼とは職場は違いましたが、仕事の定時は同じで仕事終わりにはそのまま駅で待ち合わせしてデートすることが多くありました。
ですから仕事終わりに彼から連絡が入ることはよくあることでしたが、その日はちょっと車でドライブしようというので驚きました。
見せたいものがあるというのですが、なぜかそれ以上のことは教えてくれません。
サプライズ? と思いながら私は彼のやさしさを知っているので特に不安を感じず、この日は彼に任せることにしました。

6時ごろ彼に車で拾われ、そのまま練馬に向かい関越道へ入りました。
そのまま車を走らせる先は彼の地元の群馬なのかな? と予想するとはっとしました。
もしかして両親と対面させようとしているのではないか。
そう思うと急にどきどきしてきました。

しかし彼の実家のある高崎を通り過ぎ、私の想像が外れたことを知るとほっとしたものの、ちょっと不安が募りました。
いったい彼はどこに私を連れて行こうと思っているのでしょう? 
ようやく高速道路を降りたのは水上インターでした。
冬ならばスキーで来たことがありますが、今は夏。
もしもこのまま山奥に入っていくと考えると怖くあります。
少しほっとしたのがどうやら街へ向かっていること。
だんだんと明かりが増え、新幹線駅である上毛高原駅に着きました。
そこで車を降りました。

どこに行くのかと聞くと、彼はもうすでに真っ暗になった森を指さします。
駅のすぐそばですが、少し離れると豊かな自然が暗闇のなかに開けていました。
「ここ月夜野は蛍で有名なんだよ」
シーズンなのでしょうね。
他にも蛍を楽しみに集まった人がいて、ようやく私も彼の目的がわかりほっとしました。

彼に連れられて道を歩いていくと、やがて沢が見え、そこに蛍の姿が。
「今日は月明かりがあまりない蒸し暑い日。蛍がたくさん出てくる条件なんだよ」
昔はこれが当たり前だったのでしょう。
ですが田舎の限られた場所でしか今は蛍を鑑賞することができない。
その蛍の姿をみていると、気が付くと涙が流れていました。
まさかここで泣けてしまうなんて、自分でも驚きました。

まるで幻想的な世界、夢の中に迷い込んでしまったような感覚でした。
彼は私の手をぎゅっと握りしめ、ただ、黙っていました。
何か言葉をかけてくれればいいのに。
でも、十分に彼の言いたいことは伝わります。
そして私はこの人となら結婚しても幸せになれる気がしたのです。

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