貧乏

主人が脳出血になったことと義父母の介護で貧乏生活が続いている

貧乏になったきっかけは、10年前に主人が脳出血になったからです。
その時、まだ子供たちは小さく、6歳と2歳、0歳でした。
主人は病気をする前、仕事が忙しく体がきついと言って仕事を辞めていました。
始発電車で出勤し、終電で帰ってきても仕事が終わらない状態でした。
体力的にも精神的にも参ってしまい、仕方なく退職を選びました。
失業保険が終わり、次の仕事も見つからず、経済的に苦しい状態でした。
そこで、私も働こうと思い、仕事を探し始めていました。
主人の実家は車で30分の距離にあります。
しかし、高齢を理由に私たちに頼る生活でした。
病院や買い物に連れて行ったり、掃除やご飯を作ってあげたりしていました。
そんな頃に、主人が倒れてしまいました。
私は小さな子供を3人連れてどうにもならず、義父母を頼ろうとしましたが、反対に「使い物にならんくなった。」と言われてしまいました。
義理の姉には「病気だからと言って、長男なんだから親の介護も子供の面倒も、仕事もあなたが全部するのが当然だ。」とにらまれてしまいました。
幸い主人は1カ月ほどの入院と、リハビリ通院で普通の生活が送れるようになりました。
このころには、主人の退職金と私の結婚前の貯金が底をついたので、私がフルタイムで働き始めました。
残念だったことは、下の子たちは保育園には入れなかったことです。
上の子は小学校に入学しましたが、幼稚園に入れていたため、市役所の人に「下の子達を保育園へ入れるなんて贅沢だ。」と怒られたのです。
「あなたみたいな人がいるから、待機児童が増える。」と文句を言われました。
主人は体にマヒがあり、リハビリ通院中でしたが、認めてもらえませんでした。
結局、私の仕事は、家から近く休みやすい職場ということで、時給も低かったです。
契約期間が決まっている仕事でした。
契約終了後は、ハローワークに相談し、職業訓練を受けました。
その後、また働き始めましたがパートです。
主人も社会復帰しましたが、体力的なこともあり契約社員です。
義父母は相変わらず、長男夫婦である私たちを頼ってきます。
主人が病気をしたことが気に入らなかったようで、行くたびに文句を言われたり、にらまれたりします。
叩かれたこともあります。
でも、主人の親なので心を無にして、介護を続けています。
子供たちは成長し、高校生と中学生、小学生になりました。
夫婦で働いても非課税世帯から抜け出せません。
ずっと貧乏な生活を送っています。

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