現代社会は、たくさんの物や情報にあふれています。
産業革命以降の大量生産、大量消費の時代の中で生まれて、お金をたくさん稼いで、たくさんの物や情報、移動、消費などをする人たちこそ幸せな人たちで、幸せな暮らしなんだと思って生きてきました。
確かに産業革命以前の時代の人々の暮らしに比べると、格段に暮らしが便利になり、物も豊富になり、サービスも、移動手段もすべてが桁違いに多様になって、人々は本当にいい時代になって良かったと思って暮らしてきたと思います。
しかし、いっぽうで、そんな大量生産、大量消費がたくさんのそれまで無かった問題も引き起こしはじめました。
それは環境問題だったり、地球温暖化の問題だったり、環境ホルモンだったり、ごみ問題だったりと、数えればきりが無いほどたくさんの問題を生みだしました。
そんな大きな時代の変化の中で、近年とても注目されるようになってきた考え方、(生き方、暮らし方)がミニマリズム、ミニマリストなんだと思います。
そもそも、もともとは人間は本当に必要な最小限の物や情報さえあれば、十分幸せに暮らしていけるはずだったのです。
それどころか、今の時代は、企業がお金をもうけることを最優先するあまりに、本当は必要の無いものまでを、色々なやり方で私達は買わされているのかもしれません。
確かに、物を買うのはとても楽しい行為です。
ほしいものがあることで生活が楽しくなったり、仕事のやりがいが生まれたり、そのこと自体は悪いことだとは思いません。
でも、そうして、自分で良かれと思って買ってきたものやサービスなどを、少し時間を置いて、冷静に、本質的に考えて眺めて見ると、それが自分の充実した人生のために本当に必要だったのかが見えてくるような感覚があると思います。
本当は、本当に必要なものは、案外、とても少ないものや情報やサービスで十分事足りるのかもしれません。
そういう生活の本質に気づき始めた人たちをミニマリストというんだと思います。
フランス人は10着の服しか持たないと聞いたことがあります。
それでも彼らは本当におしゃれに素敵に暮らしています。
本当のおしゃれとは、誰かが用意してくれるものを沢山そろえるのではなく、本当に自分に似合った、気に入った、思い入れのあるものを、自分らしく身につけることなんだと気づかされます。
本当に幸せに暮らしていくために必要なものは、案外、本当に少ないもので十分足りるのかもしれません。
いや、少ないからこそ、本当の暮らしが見えてくるのかもしれません。
ミニマリストとしての感覚
