生きた心地がしない

私が生きた心地がしなかった他人の失敗を自分の失敗にされること

私は、かつて他人の失敗を自分の失敗にされることで生きた心地がしないことがありました。

私が所属していた会社では、一般社会では、ミスと認められないようなミスでも、大きな重大なミスと認識されます。

特に工場での工具の置忘れについては激しい叱責や怒声や怒号が飛び交うので、生きた心地がしませんでした。

毎回生産工場から事務所にミスが上がってくる度に、「報告は!!」と言う形で、ガチガチに固められた所内組織における、報告要領に基づいて、報告をしなければならず、本当に生きた心地がしないものでありました。

また、何回もミスを重ねているうちに、恐ろしいことが現実になってくるのでありました。

それは、ついには、他人のミスをあたかも私がしたかのように持っていかれるのでありました。

そして、この組織独特の追い込み方でありまして、何回もミスが続いている者に対しまして、確実に追い込んでいくための手段としまして、ミスについて報告書や始末書を書かせるだけではなく、報告書や始末書を何回も書かせるのです。

しかも、そのやり直しが、非常に卑劣で何人もそのやり口で辞めさせられる方が後を絶たない状況でありました。

他の部署や、他の施設に異動させてもらおうとしても、「そんな人物を送ったらよその施設が何ていうと思う?」と言うことを言われ、異動すらさせてもらえないと言う状況でした。

それを挽回するには、業務等でよほど優秀な成績を残して挽回するしか方法はなかったのですが、その方法についても、他の優秀な方が、そのポジションに就くような形で、私には退職と言う道しか残されていない状況でありました。

また、退職を表明すれば、今度は態度が急変する形で、慰留するようにもっていくのでありましたが、それを拒否しますと、更に激高して、追い込んでくるのでありました。

私は、この時「本当に最低な施設」と思う他ありませんでした。

今まで散々退職するように追い込んできたのに、いざ、退職するとなると全力で阻止し、失敗すると更に追い込む、「こんな組織に身を置いた私がバカだった」と思えるのでありました。

やはり、常時、求人が出ている組織は本当に危ないと思いました。

次回からはこの教訓を活かして、ブラックであるかどうかしっかりと見定めなければならないと思いました。

そのためには、出来るだけ正式で難関な採用試験をくぐり抜けなければならないと思うのでありました。


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