貧乏

留学の後に待っていた辛い貧乏生活

私は20代前半までの自分の失敗続きでダメダメな人生を何とか変えるキッカケが欲しくて、20代中盤でアメリカに留学することを決意しました。

ですがその気持ちを両親に伝えたところ、とても反対されてしまいました。

なぜなら当時、アメリカに留学していた日本人の留学生がある事件に巻き込まれて亡くなってしまったニュースが頻繁に報道されていたので、それを見た両親はそんな危険な場所に私を送ることは出来ないと思う気持ちが原因でした。

ですが私の意志は固く、このまま日本に居てそれまでと同じような生活をしていたら、私の人生はずっと失敗の連続で幸せになれないと思っていたので、何度も何度も両親と話をしたり、自分の意志がどれだけ硬いのかを態度で示しました。

そのために両親のサポートは受けずに、自分で必死で働いて留学費用を自分で工面することにしました。

するとおよそ1年後にはまず母親が私の気持ちを理解してくれるようになって、その後、父親も渋々、私のアメリカ行きを了承してくれました。

そして私は「1年だけ」という約束でアメリカへ飛び立ちました。

ですが実際にアメリカでの生活を始めてみると、色んな人の出会いやチャンスが広がって、私は英語だけの勉強ではなく、その大学に入学して学位を取る事を決意することになりました。

そして1年分の留学費用しか持っていなかった私は、両親に国際電話をかけてお願いして、両親からアメリカへお金を送金してもらいました。

出来るだけ両親からサポートを受けるお金を減らすために、家賃が格安の寮に滞在したり、大学の施設で働いてお金を少しでも稼いだり、奨学金を貰いながら、出費を出来るだけ切り詰める貧乏生活をしました。

そして無事にアメリカの大学を卒業して学位を手に入れることが出来たので、その後は日本に帰国しました。

そしてその後はまず実家で暮らしながら、留学の体験を活かすことが出来る仕事を探したのですが、なかなか思うような仕事を得ることが出来ませんでした。

そして両親と口ケンカをする機会が多くなってしまって、苦しくなった私は実家を出て安いアパートで独り暮らしを始めました。

ですが相変わらず、思い描いていたような仕事を得ることは出来なかったので、生活するためにとりあえず登録していた派遣会社から連絡を貰った日雇いや数日だけの仕事を引き受けて、家賃を支払えるだけの給料を手に入れる生活をしました。

ですからもちろん贅沢をする余裕はありませんし、スーパーで割引になっている安い食材で料理を作ることしか出来ない貧乏な生活でした。

アメリカへ留学したらきっと良い人生が開けると信じて留学した私にとって、そんな貧乏でみすぼらしい生活は本当に辛いものでした。

理想と現実はこんなに違うものなんだと思い知らされて、本当に悲しくて落ち込む毎日でした。

幸い、その後、徐々に良い仕事のチャンスが訪れて、少しずつ生活は安定して行きましたが、もう二度とあんなに辛い貧乏生活はしたくないと思いました。


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