離婚

私が離婚を決意するまで

私は地方都市に在住の現在49歳シングルマザーです。
地元の高校を卒業後、地元の信用金庫に勤務して、5年後に取引先だった大手自動車部品メーカー勤務で1歳年上の男性と知り合い、約2年お付き合いした後、26歳で結婚しました。
結婚当初はアパートを借りて、2人で暮らしていて、私は結婚を機に銀行を退職して、主婦として主人の身の回りのお世話をしていました。
結婚して間もなく妊娠が判明しましたが、流産を繰り返してしまい、2人で悩み、2年程度経過後、産婦人科に相談に行きました。
結果、卵管の詰まりがあるとのことで、このまま放置していると妊娠しにくくなるとの診断でした。
私も夫も30歳になる頃であったこともあり、専門の外来のある病院を紹介してもらい卵管の詰まり取り除いてもらいました。
その後、夫31歳、私が30歳の時に念願の女児を妊娠出産出来ました。
この時までは、夫婦ともに子供が欲しいと言う願いがひとつで、同じ気持ちで人生を歩んでいたのだと思います。
でも子供が産まれてから、状況は一変しました。
丁度その頃、夫の会社の業績が悪化して、主に40歳以上の従業員を対象としたリストラを始めていました。
夫は30代だったので、正直あまり心配しておらず、他人事と捉えていました。
でも結局は、ベテランの人達が工場から居なくなると、その分のシワ寄せが、残された夫たちの世代に全て重くのしかかり、夫の帰りが毎晩遅くなりました。
その頃から夫の精神状態はおかしくなっていきました。
私は私で、産まれたばかりの長女をずっと独りで世話していると頭がおかしくなりそうで、しょっちゅう近くの実家に帰っていました。
そうこうしているうち、ある朝、夫が布団から起き上がらなくなりました。
私は子供を実家に預けて、夫を病院に連れて行きました。
診断の結果、疲労とうつ病とのことでした。
流石に毎晩遅くて疲れたのだと思います。
又、そんな現場の状況に関しても、経営者達は、逆にリストラに都合が良いと考えているのか、使い捨てで現場のことなどお構いなしのようでした。
その後、夫の体調は悪化し続けました。
そんな状況が2年程度続き、最終的には精神分裂症にまでなってしまい、会社に行くこともままならず、退職を余儀なくされました。
何とかしなくてはと思いましたが、私自身も軽いうつ病を発症してしまい、どうしたら良いか分からなくなっていた時に、夫が離婚しようと言い出しました。
私は嫌で泣きました。
でも夫は、これ以上、迷惑をかけられないと言いました。
そして、結婚8年目に、私達は離婚届を提出しました。
その後、元々ひとりっ子だった私は実家に戻って、パート勤務の傍ら両親と長女と暮らしながら生活をしてきました。
ずっと貧しくて、子供には辛い思いをさせました。
でも今では立派に自立して働いています。
あっという間の結婚生活でしたが、何も後悔はありません。


にほんブログ村 その他生活ブログ 貧乏・生活苦へ
にほんブログ村

-離婚
-,

Copyright© 日々新たに , 2021 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.