思い出

死の恐怖と覚悟

私が入会していた趣味のサークルは年齢も様々でした。

そこで仲良くしていただいた方とその娘さんのことです。

娘さんとも何回も一緒に食事をしたりする関係で、サークル活動や勉強について、またプライベートについても多々話しました。

お互いまだ独身で周りが結婚していく中、まだ少し先だよねとお互いに励まし合っていました。

そんな中、前から便秘に悩んでいたんだけれど最近酷くなって、便秘薬を変えてみたと聞きました。

その娘さんはまだ26歳で夜更かししたりコンビニ食で済ませたりしていたので、自分では生活習慣の乱れだと思っていました。

でも、腹痛が始まり自分でも病院に行ったほうが良いと判断し足を運びました。

そこで色々検査をし医師から告げられたのは、大腸癌ステージ4の末期で余命一年ないという事実でした。

連絡が来た時には、まだ若いのにとサークル仲間で泣きました。

娘さんは緊急入院を余儀なくされ、治療を始めました。

そうは言っても今ほど治療技術が発達する15年も前なので大腸切除をしたそうです。

その娘さんのお母さんとは、サークルで毎週お会いしていました。

会うたびにやつれていき、毎回泣き腫らした目をしていました。

入院生活が2ヶ月目の時に、余命僅かとなりました。

癌による体力低下で本人にも余命を告げたそうです。

その話をしてくれた寂しそうな顔は忘れられません。

その夏に、自宅への外泊許可が出ました。

家に入った時には、近づいてくる死が怖くてお母さんと抱き合い号泣したと聞いています。

自分の部屋に入り整理をし始めどうして自分がこんな目に会うのか、自分の行動が悪かったのか、もっと早く病院に行っていればなど、自分を責めたそうです。

この2泊3日の外泊は、自分にとって最後の自宅で過ごす時間であることを本人は気がついていたのでしょう。

食事はもちろん寝る時も、子供の時のように川の字になって3人で手を繋いで寝ていたと言っていました。

それから、1ヶ月の間にあっという間に癌に体力を奪われてお母さんの手を握りながら、安らかに旅立ちました。

私達に連絡が来たのは葬儀の連絡でした。

サークルのみんなで告別式に参列しました。

本人の素敵な笑顔のパネル写真を見た時、闘病を知らなかった仲間は泣き崩れました。

とても式場に入れない人数で生前の彼女の人柄がわかった気がしました。

お母さんは、とにかく泣き伏せていられ憔悴しきっていて声もかけられませんでした。

最後のお別れで、お顔を見た時に微笑んでいるように見えました。

棺には、ウエディングドレスをかけ天国で幸せになるようにと送り出しました。

その場で最後に歌ったのは、[見上げてごらん夜の星を]でした。

式の進行の方も泣いていらっしゃいました。

私にとって忘れられない思い出です。

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