思い出

子供の頃の孤独な生活。

私は現在都内の大学に通う大学4年生です。

私が6歳の頃に父親の浮気や私への暴力などが理由で両親が離婚し、母に引き取られました。

その後東京から今住んでいる横浜へと引っ越し、母1人子1人の生活が始まりました。

最初の頃7歳の私には転校した学校が全然馴染めず学校に行くのも嫌でした。

元々母が軸で稼ぎがあったこともあり、生活水準事態はあまり変わらなかったのですが、母は今まで以上に働くようになりその結果私と一緒にいてくれる時間も少しずつ減っていきました。

それでも休日は必ずお出かけしてくれて、しっかり朝御飯と夕御飯を手作りで作ってくれ、愛情もって育ててくれました。

でも外食をしにファミレスへ行けば周りはお父さんお母さん、兄弟などと楽しく食事をしている光景が辛く、運動会なども周りは親族で来てたりしていましたが私はいつも母しかいない、そんな孤独感を感じていました。

横浜に引っ越してきて一年ほどたった私が8歳の頃にある事件が起きました。

私はいつものように学校が終わり学童保育で母の帰りを待っていました、しかし一向に迎えが来ず、その時学童に電話が入りました。

その内容は母が会社で倒れ緊急搬送され緊急手術を受けているという電話でした。

私は突然なことであったのと唯一の大事な家族だったこともありとにかく泣きました。

泣くことしか当時の私には出来なかったからです。

その日は学童の先生が家に泊めてくださり、先生の家族と共に一夜を明かしました。

手術事態は成功し母は一命をとりとめました。

数日が立った頃に学童に遠く離れたところから母方の祖父母が私を迎えに来てくださり私の家に母が帰ってくるまで住んでくれました。

色々な方に助けられた私でしたが、私にとって母は生まれてからずっと二人三脚で生きてきたようなものだったので、母がいない生活は私にとってはどんなに楽しいことがあっても嬉しいことがあっても、とても孤独な時間でした。

しかしそんな私を学童の先生や友達が遊びに誘ってくれたり、一緒に母の病院へお見舞いに連れて行ってくれたり、本当に人の優しさに触れることができ、段々と笑顔も増えていき、そして母が入院してから約1か月後母が転院し家に帰ってきました。

母はとにかく一人で子供を養うことに苦労していたのでしょう、かなり痩せていて覇気もなかったですが、一ヶ月も離れたことがなかった為、あまりの嬉しさに人生で一番泣きました。

現在は母と共に元気で生活しています。

当時私を孤独から救ってくれたの学童の先生や友達、そして祖父母には今でも感謝しています。


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