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嫁姑ブログ

癌で余命幾ばくもない夫から口やかましい姑の面倒を頼まれました。

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私と姑の確執は結婚前から始まりました。

恋愛してプロポーズを受け、夫の両親に挨拶に言った時、なんと寝たきりになっていた義祖母の下の世話をさせられたのです。

まだ自分の祖母の下の世話もしたことがない私は手元がおぼつかず、かなり不器用だったと思います。

「こんなこともできないのか」となじられました。

夫は両親が怖いのか助けてくれませんでした。

ただ申し訳なさそうに目を伏せていました。

次に夫の家に言った時はもっとうまくできるようにと家に帰ってから母に下の世話のやり方を教えてもらおうと思いました。

「なぜそんなこと聞くの?」と母は不思議そうな顔をして、私が事情を話すと悔し泣きしました。

「結婚前の女の子に下の世話をさせるなんて」と。

そんなこともあって、私の両親は夫との結婚をやめるように諭しましたが、私は夫を愛していましたので婚約を破棄するなんてことだけは考えられませんでした。

何があっても夫の優しさに縋ってついて行こうと決心していました。

そして結納を済ませて無事に結婚。夫は長男だったので希望のまま夫の実家に入りました。

その時は、まだ義両親と仲良くなれるだろうと思っていたのです。でも、それは甘かったと思い知らされました。

姑はとても勝ち気な性格で口やかましい人。ことあるごとに「あなたと息子は出来が違うのよ」と言いました。

確かに夫は一流大学出で私は高卒。

それは仕方ないと思って耐えていましたが、掃除のやり方や料理の味付けなど何をやっても私の学歴を取り上げて「やっぱり大学も出ていない子は・・・」と言うのです。

私だけならまだしも、子供ができて男の子ではなかった時にも「本当にダメな嫁だ」と言われた時はショックで、産後うつになってしまいました。

心配した両親が私を実家に連れ帰ってくれましたが、やはり夫とは別れたくなかったので産後うつが治るとすぐに実家に戻りました。

夫が迎えに来てくれましたが、その時に両親は私のために土下座までして「どうか実家から出してやってください」と言ってくれたので夫は了承して義両親との別居を決めてくれました。

「せいせいするわ」と言った姑の吐き捨てた言葉は今でも忘れられません。

私達は近くのマンションを借りてそこで家族三人で住み始めました。

別居はしても義実家の家事はこれまで通りするとの約束だったので、自宅の家事が終わるとすぐに義実家に行き、家事と義祖母の介護。

二重の苦労がありましたが、同居でいるよりは気持ちがとても楽だったのです。

息子が生まれると、娘と息子の扱いが違うのが嫌で子供を義実家に連れて行くことは避けていましたが、そのことも「出来の悪い嫁は常識も知らない」とバカにされました。

それでも子供を守れればいくらでも耐えられました。

結婚してから20年以上が経ちましたが、夫の癌がわかって、余命幾ばくもないことがわかりました。

夫には妹がいましたが、すでに嫁いでいました。なので、自分の死後も義両親の面倒を見てやってほしいと頼まれました。

義両親はすでに同居の準備を始めていましたが、私はまだ迷っています。

これからの姑や舅の様子を見極めながら同居するかしないか、縁を切るか切らないかを考えようと思います。

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