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日々新たに

貧乏

父親が浮気して借金までしたため貧乏になりました。

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私が小学6年生の頃、父親が浮気をしてたらしく、あまり家に帰ってきませんでした。

しかも、借金までしてたらしく、お金がなくなると家に帰ってきて母親を殴る蹴るでお金を奪い取っていきました。

そして、中学に入学した直後くらいに母親が出ていき、帰ってこなくなり、そこから私の貧乏な生活のはじまりでした。

私には6つ下の弟がいたのですが、その弟との2人の生活の始まりでもありました。

母親は出ていき、帰ってはこなかったのですが、家賃だけは大家に振り込んでいてくれたらしく、住んでた家を追い出されることはありませんでした。

父親は母親が出ていったあとは、さすがに子供2人だけに負い目を感じているのか1月に1、2度帰ってきては1万円くらいを置いてまたすぐでていきました。

しかし、1万円でどれだけのことができるでしょう、電気なんかは止められ、家の中は真っ暗、ガスや水道なんかも止まることもありました。

弟はその状態に泣きまくりです。

私は、たまに帰ってくる父親にガスと水道だけはなんとかしてと強くいいましたが、それでも止まったりすることもありました。

なんとか食べていくために、お米だけは買い、その他は近くに住んでいる親戚や祖母にもらいにいきましたが、それもそのうち嫌な顔をされるようになり、私は必死で頭を下げてお願いしてもらっていました。土下座したこともあります。

それでももらえないときは、食べられるものはお米だけです。

弟はおかずが食べたい、ご飯は嫌だとまた泣きます。

私は、おにぎりをウサギの形にしたり馬の形にしたりして、なんとか食べさせようと必死です。

遠足の時はお弁当を持たせなければいけないので、ご飯に玉子焼きを入れて持たせました。それが精一杯です。が、やっぱり泣きながら帰ってくるのです。

友達に貧乏だなんだとバカにされたみたいです。

私自身、学校帰りなどには、自動販売機の下や釣り銭部分をあさりお金が落ちていないか探したりしました。

もちろん、そんな私を相手にしてくれる友達なんていません。

いじめられていたのかもしれませんが、生きていくために、弟を育てるためにそんなことは気にならなかったのです。

学校から給食費の督促や、弟が学校でケガをして病院でみてもらったのか治療費もきてました。

が、払えるはずもなく全て放っておくしかありませんでした。

体調を崩しても病院にもいけずひたすら我慢するだけ、自分ならなんとか耐えれたのですが、弟が熱を出した時の方が何もしてあげられなくて、辛くて泣いてしまいました。

クリスマスの時、弟はサンタクロースの話をしてきました。

どこでいわれたのか、貧乏な家にはサンタクロースはこないといわれたそうです。

私は悔しくて泣きました。

かき集めたお金で新品の筆箱を買い、クリスマスに枕元においてあげました。

あのときの弟の喜びようと顔はいまだに忘れることはありません。

私は、弟を育てるために頑張っていたつもりでしたが、弟がいたから頑張れたのだと思います。弟を支えていたつもりが支えられていました。

そのあと、母親が再婚し、私達は引き取られました。

今は私達兄弟は、それぞれ結婚し、幸せな家庭を築いていますが、自分の子供達には絶対に貧乏な辛い生活は送らせないようにしようと、いまだに弟とその当時を思い出しながら話をします。

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