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借金まみれの義父の為に貧乏生活をしました。

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私の両親は、私が小学生の頃に離婚することになりました。原因は母親がよそに好きな人ができたことが原因です。

そこで私は迷ったのですが、母親がどうしてもという事から母についていくことになりました。そのため母親と母親の彼氏、私の三人の暮らしが始まりました。

とても羽振りのいい義父は仕事をバリバリして稼いできていたこともあり、父との質素な暮らしとは180度違う生活になりました。頻繁に外食に行ったり、高級車で学校の送迎をしてくれることもあったんです。

外面が良い義父でしたが、実はその影では借金まみれだったのでした。それを知ったのは、義父の元彼女という人が家に押しかけてきた時のことです。

ある時突然、「貸したお金を返せ!」と元彼女が怒鳴り込んできました。そこからどんどん義父の借金が発覚して、この贅沢な暮らしも消費者金融で借りたお金で成り立っていることを知りました。母もこの時点で義父と別れたら良かったのだと思います。

ですが父と離婚したことで、母は実家とも縁を切られていたため頼るあてもありません。私は母についていく、と決めたので父の元に行くという考えもなかったです。今思えば私がいなかったら、母ももっと簡単に別れることができたのかも知れません。

義父は稼いでくる額も多かったけれど、使う額も多かったんです。そのためなかなか借金は減らず母とケンカすることが増えました。

ちょうど高校受験の頃がピークだったように思います。勉強に集中できないとよくイライラしていました。お金さえあればこんなケンカしないのにな、と思っていたのです。

でも私が高校に無事合格した頃、義父はふっと蒸発してしまったのです。その時にはすでに母は、自分名義で借金を作っていました。お金が借りられない義父に代わって借りていたようです。

私としては借金は残されたけど、これ以上母が義父に振り回される人生を見ていたくなかったのでホッとしました。

公立高校に通い始めた私は、母の借金を早く返済してあげたくて学校に内緒でバイトをしました。土日祝日はフルで働いていたので月に5万円くらい稼いでいました。

一部だけをお小遣いにしてそのまま母の借金返済にほとんど充てていたので、私自身はほとんどお金がなく貧乏な生活をしていました。

服を買うお金もなかったので、古着屋で良さそうな状態のものを安くで買っていました。

お小遣いで生活してバイトもしていない友達がものすごく羨ましかったです。みんなは卒業する前に自動車学校に通っていましたが、私にはそんなお金すらありません。遊びに行く時もお金がかかる場所だと何かと理由をつけて断っていました。

その頃、友達とよく行ったのがスガキヤです。ここならラーメンが300円くらいで食べられるので、貧乏で喫茶店なんかには行けない私にはちょうど良かったです。

高校を卒業して就職をしたあとも、私は実家で暮らしていましたので月5万円くらいは母の借金返済を手伝うことが出来ていました。

卒業後2年ほど経った頃にようやく免許も取りにいけました。結局母が借金を返済できたのは私が結婚する直前くらいです。大変な思い出ですが、今となっては良い経験だったかなとも思います。

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