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日々新たに

貧乏生活

成長してからも実感する貧乏

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私の家は、どちらかというと貧しい方でした。

世間がバブルに浮かれている時も、我が家は華やかな生活とは無縁の生活をしていました。

その頃、私は小学生の高学年でした。

周囲の誰もがファミコンを持っていた時代で、いつも友人が楽しそうに新作ゲームの話しをするのを羨ましそうに見ていました。

そんな時でも、やはりクリスマスやお正月は当たり前ですがやって来ます。

それでも、何とか私に他の子供達のように過ごさせてやろうと、両親は色々と工夫をしてくれました。

豪華とはいきませんでしたが、小さなクリスマスツリーを飾ってくれたり、クリスマスケーキも用意してくれました。

ですが、やはり他の家とは違うのだという事を感じずにはいられませんでした。

大晦日を迎え、母がおせちの用意をしていましたが、お重の一番上には紅白の蒲鉾が並べられているだけで、後は煮物や玉子焼きが入っているだけでした。

でも、私はその事に不満を言う事も出来ませんでした。

なぜかというと、たまたま両親の会話を聞いてしまったのです。

母が何とか私の好物である栗きんとんを買おうとしてくれていたんです。

その時に、父が値段を見て、母に無理だと言ったんです。

母が、「こんな小さな栗きんとんも買ってやれないなんて」と、涙声で言った言葉がいまだに耳から離れません。

貧しいながらも、私にだけは人並みの正月を過ごさせてやりたいと願ってくれた両親の気持ちが、私には嬉しくて、そして、悲しかったです。

そんな両親の会話を聞いて育った私は、贅沢は言ってはならないと思って育ちました。

その為、当時流行った遊びやファッションは何も知らずに育ちました。

当時はそれで良いと思っていたんです。

ですが、社会人になって同じ年齢の人と会話をする機会が増えた時に、改めて自分の家が貧しかった事を実感する羽目になりました。

バブルだったという事もあったのでしょうが、周囲の人の思い出と言えば、海外旅行やブランド品の話ばかりで、そういった物とは一切無縁だった私にとっては、ちんぷんかんぷんの会話でした。

幼い時に貧しいという事は、大きくなった時にも影響するのだという事を知りました。

だから、私は年末が近づくと、自然と周囲とは距離を保つようになりました。

どうしても会話の内容が、子供の頃のクリスマスやお正月の楽しい思い出話しになる事が多いものです。

やはり周囲と会話をしていると、そのあまりの違いに、今だに落ち込んでしまいます。

ですが、貧乏だった頃の体験は必要だったと今は思っています。

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