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日々新たに

貧乏生活

私が何度か経験した貧乏話

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私が生まれ育った実家は貧乏そのものという感じでした。
小学生になって、靴下や下着に穴が開いても買ってもらえなかったり学校で使う50円の道具さえ買ってもらえませんでした。

洋服や靴は近所の子供や従姉妹のお下がりばかりで、我が家は貧乏なんだろうなと子供ながらに感じていました。
お風呂にも満足に入れてもらえなくて不潔な子供時代だったのが忘れられません。

中学、高校時代にも同じような思いをする事はありましたが、アルバイトが出来る年齢だったので自分の物は自分で買うようになったんです。

そんな私が第二の貧乏を経験したのは社会人になってからでした。
金銭面で進学が難しく仕方なく地方都市へ就職した私でしたが、ある日突然仕事を辞めたんです。実家を出れただけで良かったんだと思います。

会社の寮に住んでいた私は実家には帰らず友達の家に荷物を送りました。
そこから数ヶ月間、私は行方をくらましました。

特に理由もなかったし、親に言う必要も感じなかったからなんですが親は必死に探してくれたようで当時働いていた店に電話がかかってきました。

「とりあえず住む所は探しなさい」と言われたので貰ったバイト代8万円を持ってアパートを探しました。
ボロボロだけどお風呂もトイレもついた2万円の安アパートに住んだものの手元に2万円しか残っていない中での無職です。

急いで探したアルバイトは賄い付きのところが希望でしたが、なかなか見つからず知り合いを頼ってサウナで働かせてもらう事になりました。

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そこの社長夫妻が優しくて、一ケ月後の給料日まで大丈夫なのか?と心配してくれて
食料品を持たせてくれたり、日用品を買ってくれたり、ご飯をご馳走してくれたんです。働いている人もおじさんが多かったので可愛がってもらえて、よくご飯に連れていってもらいました。

お給料が安かったので電気とガスは止められてしまって慌てたけど、水道は止められなかったので食べて寝る分には困らなかったです。
当時のアパートには家具も家電も何もなくて、布団一式と洋服が少しあるだけでした。買えるくらいの余裕が出はじめたのは半年後くらいです。

地元の知り合いから、日用品や置き薬、缶詰なんかを送ってもらっていたので随分と助かりました。週に一回か二週間に一回コインランドリーで洗濯してたんですが、下着も洋服も全部盗まれてしまって困った時も社長夫妻が心配して洋服をくれたりと周りに助けられた貧乏時代です。

私に出来るお返しは真面目に仕事をする事しかなくて、頑張って働いたのも今となってはいい思い出です。
私が風邪をひいて休んでしまった時もアパートまでヨーグルトや薬を届けてくれたりしたんです。本当の親みたいな存在でした。

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